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大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)137号 判決 1981年4月28日

原告

真鍋信子

右訴訟代理人弁護士

井上二郎

被告

茨木労働基準監督署長滝三郎

右指定代理人総務専門官

村中理祐

同法務事務官

紀純一

同労働事務官

横井正明

同同

山本勝博

同同

岡田智

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五二年五月二〇日茨木基署発第一二六号及び同第一二七号をもって原告に対してなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分はいずれもこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  真鍋房巳の死亡事故

原告の夫である訴外真鍋房巳(以下真鍋と略称する)は、エレベーター据付工であったが、昭和五一年一一月二九日午後二時頃、吹田市樫切山三三七の一所在戸田建設株式会社日興千里台スカイタウン新築工事場において、エレベーター据付工事のため各階出入口開口部の安全柵取付作業中、安全柵を担いで八階から九階に通じるらせん階段を上っている途中で同階段上に倒れて死亡した。

2  労災保険不支給処分

原告は、昭和五一年一二月一三日、被告に対し、右事故について、労働者災害補償保険法に基づき遺族補償及び葬祭料の各給付申請をしたが、被告は、昭和五二年五月二〇日、茨木基署発第一二六号、同第一二七号をもって、原告に対し、「真鍋は、労働基準法第九条に定める労働者に該当しない。」との理由により、労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分(以下本件処分と略称する)をした。

3  審査請求及び再審査請求

原告は、本件処分を不服として、昭和五二年七月一八日、大阪労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたところ、同審査官は、昭和五三年八月二日、右審査請求を棄却する旨の決定をしたので、原告は更に、同年一〇月一七日、労働保険審査会に対し再審査請求(同審査会昭和五三年労第二一七号事件)をしたところ、同審査会は、昭和五四年九月二九日付をもって、右再審請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決書の謄本は、同年一二月三日、原告に送付され、原告は、同日、右裁決のなされたことを知った。

4  本件処分の違法性

真鍋は、労働基準法第九条にいう労働者に該当する。それにもかかわらず真鍋を労働者に該当しないとしてなされた本件処分は、事実を誤認し、かつ、労働基準法等の解釈を誤まってなされた違法な処分であるから、取消されるべきものである。

真鍋が労働基準法第九条の労働者に該当する理由は次のとおりである。

(一) 真鍋の労働の実態

(1) 前記第1項の新築工事は、戸田建設株式会社が請負い、そのうちエレベーター設置工事は日本オーチス・エレベータ株式会社(以下日本オーチスと略称する)が下請していたものであるが、真鍋は右日本オーチスのなすエレベーター工事について、その据付工事に従事していた。

(2) 真鍋は、本件事故の約三年前より、田原喜一、米田民義とともに、三和昇降機なる名称で、日本オーチスの専属下請工としてそのエレベーター据付工事作業に従事してきたが、本件据付工事もその一環である。

右三和昇降機というのは、右三名が共同して日本オーチスのエレベーター据付工事をする際に、便宜上用いていた名称にすぎない。

(3) 真鍋が本件据付工事に従事するについては、三和昇降機の名称で日本オーチスとの間に形式上請負契約を締結していたが、次に述べるような労働の実態に照せば、真鍋は、その労働者性を払拭される程度の請負人ではなく、日本オーチスないしはその元請負人である戸田建設に対し従属関係にたつ賃金労働者である。

即ち、真鍋ら三名は、本件事故の約三年前より、日本オーチスのエレベーター据付工事のみに従事し、もっぱらそれにより生計を維持してきた。この間、日本オーチスから真鍋らに支払われた対価は、一人当り月額平均約二〇万ないし二六万円であった。なお真鍋ら三名のほかに大石信次も右工事に従事していたが、真鍋ら三名は日本オーチスから支払を受けた対価のうちから、右大石に対し、一時間当り九〇〇円の金員を支払い、残額を真鍋ら三名が平等に配分して各人の収入としていたものであり、それが右金額である。本件据付作業の工期は、昭和五一年一一月末より昭和五二年二月末までの三ケ月と定められており、右工期は、据付るべきエレベーターの台数、据付工事量からみて、毎日作業を続けなければ据付を終えることのできないものであり、従ってこの間、真鍋ら三名が他の工事に従事することは不可能であった。本件据付工事について日本オーチスから右三名に対して支払われる対価は約二五〇万円程度と見込まれており、真鍋が取得することを予想されていた対価は一ケ月当り二二万円(一時間当り一一〇〇円)であった。このような対価の額と、真鍋が日本オーチスの専属下請工であったという事実に徴すれば、形式上請負の形をとっているのにもかかわらず、真鍋は出来高給の賃金労働者の実質を有していた。そこには、独立の事業の者として仕事の結果に対して報酬を受け、自らの裁量と責任において利潤を生み出すことができる請負人たる実質は毫もない。なお、前記大石が受けていた時間給九〇〇円と真鍋らの一時間当りの対価一一〇〇円との差が生じたのは、両者の経験年数の相違から生じたものと考えられ、この程度の差で、一方が労働者で、一方が独立の事業者とされるいわれはない。

(二) 労働基準法第九条にいう労働者の概念

(1) 同条にいう労働者の概念を定める基準は、事業者とそれに対し労務を提供する者との間にいわゆる従属関係の存するか否かによると解されている。同法も労働者災害補償保険法も、自己の労働によって生活する者の生存権の具体的実現を理念とするものであるから、労働者の概念もその理念にそって目的論的に解釈すべきものである。また、従属労働関係、即ち労働の従属性なる概念は、経済的従属性と人的従属性との二つの要素から成立っているものと解される。

(2) まず、経済的従属性の存否については、次の点が認められれば、これを肯定すべきものである。

即ち、労務を提供する者が、第一に、使用者に労働力を売渡して、その対価として得るもののみによって生活せざるを得ない立場にあること、第二に、使用者による労働条件の一方的決定を甘受せざるを得ない立場に立たされていること、換言すれば、社会的にみて使用者との間で契約自由の原則下に立たしめてよい程度の独立性、平等性を有しているとは認められないことである。

次に、人的従属性の判断基準としては、労務を提供する者が、なんらかの形において事実上使用者の指揮下に入っているか否であって、主として次のような点が認められれば、指揮下にあること、即ち人的従属性のあることを認めるべきである。

即ち、第一に、仕事の依頼に対して事実上諾否の自由がないこと、なお、事実上専属関係にあれば諾否の自由はないものと推定すべきであること、第二に、労務提供の時間と場所が使用者によって事実上一方的に指定されていること、第三に、労務の遂行方法、内容について、ある程度使用者の指示を受けること、第四に、報酬が労務の対価とみられることである。

(3) 真鍋の労働者性

右(2)で述べたところを、前記真鍋の労働実態についてみると、次のとおり真鍋は経済的にも人的にも従属労働関係に立っていたことが明らかである。

イ 経済的従属関係の点について

真鍋は、日本オーチスの専属であって、前記据付作業によって日本オーチスから得ていた対価は一日当り八〇〇〇円ないし一万円程度であり、これは到底独立の事業者としての利潤を期待しうる額でないことはもちろん、真鍋は右対価によってのみ自己と家族の生計を維持していたものである。

また、真鍋らは、右据付作業をなすについて、自ら機械、器具、資材を保有しておらず、これらは日本オーチスから貸与ないしは支給を受けてその作業に従事していた。

更に、真鍋が日本オーチスの下請工であっておよそ同人が日本オーチスと経済的、社会的に対等、平等の関係に立っていないことは、前記対価の額自体から明らかであるのみならず、大企業内における下請の実態に照しても明らかである。

なお、前記のとおり、三和昇降機なるものが独立の企業としての実態を有するものではなく、真鍋らの共同作業の際の単なる名称にすぎないことも認識すべきである。

ロ 人的従属関係の点について

真鍋は、日本オーチスから受ける平均月額二〇万ないし二六万円の収入のみに依拠して生活しており、また、日本オーチスの専属でもあったから、同人が日本オーチスの仕事を拒否したり選り好みしたりする余地は全くなかった。

また、真鍋の作業場所は当然に当該建築現場に指定され、他の場所において作業することは不可能であり、作業時間についても本件事業場全体につき元請の定めた時間内で作業することを要求されていた。

更に、真鍋は、本件事業場における作業遂行上、元方事業者から指導監督等を受ける地位にあった。

ハ なお、真鍋ら三名を日本オーチスとの間に形式上請負契約が締結されていたことから、仮にでも両者の間に請負契約的要素が存するとしても、右の如き労働の実態に徴すれば、そこには労働契約的要素も多く存し、従って少くとも労働契約的要素の存する範囲においては、真鍋は労働基準法及び労働者災害補償保険法上の保護を受けられるべきである。けだし、「労働提供者の使用者に対する支配従属の程度に種々の段階があって、実際上雇用と請負との区別が曖昧であるとするならば、それを一刀両断的に雇用か請負かのいずれかに区別したうえ、それに典型契約の法理を当てはめて問題を解決することは甚しく不当な結果を生ずる場合がある。労働法は従属労働提供者を実質的に保護するために市民法に対する修正的意味をもつものであるから、その対象となるものは、単に典型契約としての雇用契約のみならず、従属労働としての性格をもつ限り、たとえそれが本来なら請負に分類されるべきであったとしてもなおその労働の従属性という側面において労働法上の保護を受けるものというべきである。」(東京地方裁判所昭和四三年一〇月二五日判決、労民集一九―五―一三三五)からである。

5  よって、原告は本件処分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の冒頭は争う。

同4の(一)の(1)の事実は認める。

同4の(一)の(2)の事実中、三和昇降機が日本オーチスの専属下請工であることは否認するが、その余の事実は認める。

同4の(一)の(3)の事実中、真鍋が本件据付工事に従事するについては、三和昇降機の名称で日本オーチスとの間に形式上請負契約を締結していたこと、真鍋ら三名が大石信次に対し一時間当り九〇〇円を支払ったことは認めるが、その余は争う。

なお、本件据付工事の工期は、昭和五一年一一月二九日から昭和五二年一月末日までの二ケ月間であり、その請負金額は二四一万六〇〇〇円であった。

三和昇降機が日本オーチスの専属下請工のような外観を呈しているのは、エレベーター据付工事は特殊な施設に関する特殊な技術を要する工事であって、日本オーチスと同種の業務を行なっている企業が全国的に少ないため、右工事の特殊性から専属的な関係を生ずるのは不可避であることに起因するものであって、日本オーチスは、三和昇降機に対して他の業者と契約することを禁じておらず、三和昇降機は他の業者と契約することも自由であった。従って、右の如き専属下請的外観を有するからといって、直ちに使用・従属関係ないしは労務の包括的支配関係の徴表とみるべきではない。

また、三和昇降機が本件据付工事の工期中他の工事に従事することができなかったのは、請負契約の内容の工期と作業量と三和昇降機の人員との関係から事実上他の工事に従事することが不可能であったというにすぎず、これをもって真鍋が労働者であるか否かの判断の要素とすることはできない。

また、分配金の額が同種の労働者の賃金と類似しているからといって、労働者であるか否かの判断の要素とすることはできず、他方両者の額に差があるからといって、労働者ではないとすることもできない。要は、分配金が労務の対価であるか否かが問題である。

また、本件据付工事に必要な機械、道具類等(スパナ、熔接機、プッシュハンマー、電気ドリル、チェーンブロック、番線、熔接棒、熔接用ガス、ペンキ、セメント類)のうち、三和昇降機はコンクリートドリル等の消耗道具しか所有しておらず、作業用の車輛は所有していなかったが、本件請負契約上、必要用具類中、入手困難な特殊工具、特殊計器を除いては原則として三和昇降機の負担となっており、事実上消耗材料を除き日本オーチスから貸与されていたとはいえ、日本オーチスからはその購入方を要請されていたものであるから、右道具類の貸与の事実をもって、真鍋が労働者であることの徴表とすることはできない。

また、本件据付工事の作業の場所が据付けられるべき建造物内に限定されるのは、その作業の性質に由来するものであり、請負契約の内容に基づく制約であって、真鍋が労働者であることの徴表とすることはできず、作業時間が元請の定めた時間内に限定されるのは、元請業者がその作業の遂行上及び安全確保等の必要から、他の下請業者に対するのと同様な規制をしたものであって、これをもって真鍋が労働者であることの徴表とすることはできない。

3  同5は争う。

三  被告の主張

1  労働者災害補償保険制度は、労働者災害補償保険法に基づき、労働者の業務上の事由による負傷、疾病、廃疾または死亡の労働災害に対して、迅速かつ公正な保護をするため災害補償を行ない、併せて労働者の福祉に必要な施設をなすことを目的とする(同法第一条)、即ち、保険給付の対象たる災害上の事由によるものであり、かつ、その対象が、労働者であって、当該労働者が事業主の指揮監督下に立ち、両者間に使用従属関係の存する状態において発生したものでなければならない。

2  右にいう労働者とは、労働基準法第九条によれば、労働基準法第八条にいう事業または事務所に使用されるもので、賃金を支払われるものをいうと定められている。ここに「使用される」というのは、他人の指揮、命令を受け、またその監督のもとに労働すること、換言すれば、使用者との間に使用と従属の関係にあることをいうと解される(日本評論社刊法律学体系コンメンタール編労働基準法四二頁)。また、法人、団体、組合の代表者または執行機関たるものの如く事業主体との関係において使用従属の関係に立たない者は労働者ではないとされている(昭和二三年一月九日付基発第一四号通達)。

3  ところで、真鍋は、米田民義、田原喜一らとともに三和昇降機の名称を使用し、共同請負形式により作業を行なっていた。

三和昇降機は、本件災害以前に日本オーチスとの間に他の下請業者と同様の下請工事請負契約基本条項を交しており、その第一条に、日本オーチスと請負者三和昇降機とは互に協力し信義を守り誠実に契約を履行するとの趣旨の、第二条に、三和昇降機は日本オーチスの発行する注文書及び本基本条項据付工事発注要項並びに見積書、設計図仕様書に基づいてその工事を施工するとの趣旨の各記載があり、その記載自体が請負契約を表現したものであるのみならず、請負金額は据付工事量及び見積内訳算出により決められており、その見積額の内訳も種々の要素から算出されており、その請負金額を真鍋ら三名で平等に分配し合ってお互の収入としていた。また、三和昇降機は資産を有せず、真鍋ら三名の総称にすぎず、三和昇降機内における真鍋ら三名の身分及び地位は平等であり、お互に指揮命令権を有せず、各人がいずれも親方的な立場にある単なる共同経営者であった。更に、三和昇降機は、昭和五一年三月ころ、より収益のあがる大型エレベーターの据付工事の受注を得んがために、大石信次を時間給九〇〇円で雇用した。

右のとおり、真鍋ら三名は、各人三和昇降機を代表して、一事業体として三名の計算により仕事を請負い、その仕事を自由に行ない、仕事が完成するごとに三名共同で請負代金の支払を受けていたものであり、日本オーチスと真鍋との間には使用と従属の関係はなく、従って、真鍋は労働基準法第九条にいう労働者に該当しない。

四  被告の認否、主張に対する原告の反論

1  真鍋ら三名が大石信次に一時間当り九〇〇円を支払ったことは、真鍋の労働者性を否定する要素とはならない。

三和昇降機は、真鍋ら三名の共同作業のためのグループの名称にすぎず、なんら独立の経営組織体としての実体を有せず、三名の間には主従関係、指揮命令関係はなく、使用と従属の関係はないうえ、労働者がその労務遂行を補助させるため他の労働者を使用したからといって、前者の労働者性が当然に失われるわけではない。

2  真鍋らが日本オーチスの専属的下請工のような外観を呈しているのは、作業の特殊性によるのではなく、次のような背景があるからである。

近年、企業とりわけ大企業においては、いわゆる経営合理化の一環として、現場工事部門、特殊作業部門の下請化が進められ、その場合に、企業の使用者としての責任を回避しながら労働力の活用を図るため、雇用関係が不明確である特殊な雇用形式が導入される。企業はこれら下請を自己の系列、支配下に組込みながらも、他方においてあたかも下請との関係が対等、独立であるかの外観を作出するため、請負契約や委任契約の形式をとり、本件の場合の請負の形式もこの典型例である。

真鍋らは、一つの現場の工事が終了する間際に日本オーチスに次の仕事を問合せ、日本オーチスの指示した現場の作業をしていたものであって、日本オーチスも真鍋らも真鍋らが他社の仕事をすることを全く予定していなかった。

労働者性の判定については、真鍋らが他社の仕事に従事しておらず、かつそれができなかった実態が重要であり、それが自ら締結した契約の履行のためであったか否かは重要ではない。

3  用具類の貸与についても、契約書でどう定められてあったかよりも、現実に貸与されていたとの実態が重要である。

4  また、真鍋らは本件据付工事を企業活動としてなしていたものではなく、企業活動の支配、従属下においてなしていたものであって、その対価は前記金額に徴しても実質上賃金と同一視すべきものである。

第三証拠(略)

理由

一  請求の原因1ないし3の事実については当事者間に争いがないので、次に真鍋が労働基準法第九条にいう労働者に該当するか否かにつき検討する。

二  成立に争いのない(証拠略)を総合すると次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  日興千里台スカイタウン新築工事は、全体として戸田建設株式会社が請負い、そのエレベーター設置工事部分を日本オーチスが下請し、真鍋は本件事故当時その据付工事に従事していた。

2  右真鍋は、エレベーター据付工であり、同じく据付工である田原喜一、米田民義(以下真鍋らともいう)と共に三和昇降機との名称のもとに、本件事故の約三年前より、日本オーチスの専属下請工として、同会社のエレベーター据付工事に従事してきた。

3  三和昇降機は、昭和四八年九月、日東輸送株式会社を退職した右三名が共同して、日本オーチス(当時東洋オーチス)からエレベーター据付工事を下請するについて付した名称であって、昭和四九年六月一六日までは三和昇降機設備と称していた。

右三名の立場は対等の関係にあったが、対外的には、三和昇降機設備当時は米田民義を、三和昇降機当時は真鍋を互選していた。

三和昇降機が得た収入は、右三名の間で、基本賃金、残業手当は、各人一時間当り同一単価により各人の労働日数及び残業時間等に応じ、家族手当、厚生手当、住宅手当は各人同一額を、代表者において計算して各月分配し、剰余を生じた場合は予備として三和昇降機に保留していた。

三和昇降機には、コンクリートドリル等の道具(総額七ないし八万円相当)がある以外には格別の資産はなく、ドライバー、ペンチ等の消耗工具は右三名各自の所有であった。

三和昇降機自体は事業所所得の申告はせず、右三名が各自所得申告をしていた。

4  三和昇降機が日本オーチスからエレベーター据付工事を下請するについては、三和昇降機において見積書を提出し、右会社においてそれを承認すると、三和昇降機に注文請書を送付し、三和昇降機がそれに署名押印することによって下請契約が締結された。

右注文請書には、工事内容、請負金額、工期の記載があり、本件据付工事の場合の注文請書(<証拠略>)においては、エレベーター据付工事一式(二台)の請負代金二四一万六〇〇〇円、納期昭和五二年一月三一日(着工昭和五一年一一月二九日)とされていた。

右代金は、一工事につき三回位に分けて支払われ、それを前記のとおり真鍋ら三名で分配していた。

右工事については、元請が担当係員をして工期中二、三回巡回させるだけで、三和昇降機に対しそれ以外の監督指示はしていなかった。

右工事のエレベーター部品は、日本オーチスから工事現場に直送され、その据付工事に必要なスパナ、熔接器、ハンマー、ドリル、チェーンブロック等は、同会社から貸与されることが多かったが、同会社は三和昇降機に対し、それを自ら備えるよう注意を与えていた。

右工事に必要な番線、熔接棒、熔接用ガス、ペンキ、セメント等の消耗材は、当初三和昇降機の請求により日本オーチスが無償で提供することが多かったが、三和昇降機のころになると有償となることが多かった。

右工事の期間中、三和昇降機は専ら当該工事現場において、元請ないしは日本オーチスの従業員と同じ時間帯に作業をしていた。

右工事の受注契約上、三和昇降機は常に現場に駐在し、日本オーチスの指示により労働者を指揮、監督しなければならないこと、工事の追加、変更、工期の変更があったとき、契約締結時において予期することができなかった原材料の高騰等経済事情の著しい変化、賃金等諸経費の著しい変動により代金が明らかに不適当と認められるとき、中止した工事または災害を受けた工事を続行するに当って代金が明らかに不適当であると認められるときは、双方協議のうえ代金を変更しうること、工事の引渡前にまたは工事の施行に当り工事の目的物または日本オーチスの工事材料等について生じた損害は、同会社の責に基づく事由がある場合その他の場合を除いて原則として三和昇降機の負担であること、同会社が三和昇降機から工事完了の通知を受けたときは、同会社は竣工検査をして工事代金を支払うこと、同会社は三和昇降機の施行が完全であると認定した部分に限り検収後部分払することができること、三和昇降機に工事の瑕疵についての担保責任があること、三和昇降機が工期内に工事を完成させないときは、遅滞料の支払義務があること、工事の目的物、搬入材料の所有権は右会社にあること、工程表は右会社においてまたは右会社が三和昇降機と相談して作成すること、消耗材は三和昇降機の負担とすることといったことが約されていた。

三和昇降機は、一工事が終りに近付くと、日本オーチスから次の工事の受注を受け、ほとんど絶え間なく同会社からのエレベーター据付工事を受注していた。

5  三和昇降機は、昭和五一年三月、大石信次を雇傭し、前記代金のうちから、一時間につき九〇〇円の賃金を支払った。

6  三和昇降機は、三和昇降機設備と称していた当時、日本オーチスから労働者災害補償保険等への加入を勧められていたが、真鍋ら三名が加入するには事業主として特別加入しなければならず、その手続が複雑であるということから、それを遅延していた。

三  右事実によれば、(1)三和昇降機が真鍋、米田民義、田原喜一の三名が共同してエレベーター据付工事を受注するについて対外的関係のうえから付した名称であって、三和昇降機自体にはコンクリートドリル等わずかな道具類があるだけで、その他に資産を有しないこと、(2)三和昇降機における右三名の立場は役割及び収益の分配その他あらゆる面において対等であって、代表者も対外的関係のうえから互選により定めていたにすぎず、格別の権限を有しないこと、(3)三和昇降機は日本オーチスの専属下請であって、ほとんど間断なく同会社からエレベーター据付工事の受注をしていたこと、(4)工程表の作成、工事の施行について同会社または元請の指示、監督を受けることがあったこと、(5)工事のための資材、消耗材、道具類はほとんど日本オーチスから提供ないしは貸与されていたこと、(6)作業場所、時間が元請ないしは日本オーチスの工事からの限定を受けていたことといった原告の主張にそう点が認められるが、(1)ないし(3)の点については使用されていることに特有の事柄ではなく、それだけをもってしては、真鍋が日本オーチスの前記エレベーター据付工事において使用されていたものということはできず、(4)の点については、三和昇降機の担当したエレベーター据付工事が、日本オーチスのなすエレベーター設置工事ないしは元請の建築工事の一部分であって、他の工事の進行との調整をはかるために不可欠なものであること、及び前記のとおり同会社及び元請は当初の工程表の作成と工事中に二、三回の巡視をするだけの関与しかしないことに徴すると、それだけでは真鍋が同会社に使用されていたとの根拠とはなしえず、(5)の点は、エレベーター据付に必要な資材を同会社が負担するのは、前記受注契約の約旨に由来するものであり、またその他の消耗材、道具類を同会社が負担していたのは、前記のとおり契約上本来同会社の負担でないのを、便宜上同会社が負担ないしは貸与していたにすぎないことに徴すると、それだけでは真鍋が同会社に使用されていたとの根拠とはなしえず、(6)の点は、工事場所、及び前記のとおり本件工事が建築工事の一部であって、他の工事に従事している労働者あるいは業者の工事との進行上ないしは安全上の調整をはかるために不可欠であることに由来するものであって、それだけでは真鍋が同会社に使用されていたとの根拠とはなしえず、真鍋の収入がその額において一般の賃金と同水準であるか否かは真鍋が同会社に使用されていたか否かの結論に影響を及ぼすものではなく、また、右の諸点を総合しても、真鍋が同会社に使用されていたことに起因する特有の事情は認められず、その他に真鍋が日本オーチスに使用されていたことの根拠とすべき事由は認められず、むしろ前記のとおり、三和昇降機がエレベーター据付工事をして得た収入を真鍋ら三名において平等に分配し、剰余を三和昇降機に保留していたこと、三和昇降機が同会社からエレベーター据付工事を受注するについては見積書を提出し、その都度工事代金を定めていたこと、受注契約には、三和昇降機が他の労働者を雇傭することも許容しており、代金の変更、危険負担、検収方法、代金の部分払、瑕疵担保責任、工事の目的物等の所有権の帰属等、三和昇降機ないしは真鍋が同会社に使用されていることとは相容れない条項が存すること、三和昇降機は右会社に使用されている関係にあるならば他の者を雇傭できないのに、右据付工事について大石信次を雇傭して時間給を支払っていたことといった諸点に徴すると、三和昇降機は同会社から独立した事業主であったことが窺われる。

また、前記事実によれば、右会社から真鍋ら三名に支払われていた対価が賃金であることを認めるべき証拠はなく、むしろ三和昇降機が同会社から受取る対価は、一工事毎に三和昇降機の提出する見積書に基づいて双方合意のうえ決せられ、受取るべき対価は原則として工事が完成したときまたはそれまでに二、三回に分割して支払われ、受取った対価は、大石信次に賃金を支払った後、真鍋ら三名で平等に分配し、剰余を三和昇降機に保留し、所得税の申告は各自において行なっていたこと、真鍋らは雇用保険に加入していなかったこと及び前記受注契約の内容に徴すると、右対価は、真鍋ら三名の間において、賃金と同一の方法により分配していたにすぎず、三和昇降機がそれを同会社から受取る段階においてはあくまでも請負代金であって、賃金ではなかったことが窺われる。

四  右のとおり、真鍋は右会社の前記エレベーター据付工事現場において使用されていた者であるとも認められないし、賃金を支払われていた者とも認められないから、労働基準法第九条にいう労働者には該当せず、従って、被告が、真鍋を同条に定める労働者に該当しないとして本件処分をなしたことは正当であって、これを取消すべき理由はない。

五  よって、原告の本訴請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 草深重明)

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